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しまもと町民の会

こども食堂 mominoki を取材しました(2017/7/10号)

JR島本駅の西側、田んぼの横の畑、その奥に一軒の古民家があります。
この季節、蛙の大合唱に包まれるその古民家は、月に一度、子どもたちのいきいきとした笑顔があふれるとっておきの場所になります。



そこは、こども食堂 mominokiHPはこちら)です。

今となっては、どの世代にとっても非日常的だけれど懐かしい、と思うような引き戸を開けると、昔ながらの日本のおうちが迎えてくれます。
初めて来たはずなのに、懐かしい、旅館とは違う日本のおうちです。

こども食堂
、みなさんはご存知ですか?
ここ何年間でニュースに取り上げられることも多くなりましたね。

「経済的な事情などにより、家庭で十分な食事がとれなくなった子どもに、無料もしくは安価な食事や居場所を提供する活動」(コトバンクより)です。
平成26年度の内閣府の報告を参照します。(平成26年度の内閣府の報告はこちら
17歳以下の子どもの相対的貧困率は1990年代半ば頃からおおむね上昇傾向にあり,平成21(2009)年には15.7%となってます。
これはOECD(経済協力開発機構)の平均を上回っており、子どもがいる現役世帯のうち、大人が1人の世帯の相対的貧困率は50.8%でOECD加盟国中最も高くなっています。
さらに、平成27年度の内閣府の報告では、子どもの貧困がより一層深刻なものになっていることがわかります。(平成27年度の内閣府の報告はこちら
平成26年1月に、子どもの貧困対策の推進に関する法律が施行され、子どもの貧困率の高さが注目され、このころから支援の機運が高まり、全国各地でこども食堂がオープンします。

島本町内には2件。ここ、
mominokiさんと、つい先日、コープこうべ内でオープンした楽楽さんです。
本日は、mominokiの主宰者、森田さんにお話を伺いました。

森田さん
は現役の子育て世代。
私がお邪魔した時にも、かわいいお子さんが、お茶を運んでくれたりお菓子を運んでくれたり、おもてなしをしてくれました。

正直、目の前にいる予想以上に若い、現役の子育て世代のママが主宰と知り、驚きました。
私は、こども食堂は、自分の子育てがひと段落し、地域のコミュニティの少なさや、遠方で子育てをする自分の子どもの苦労を改めて感じて、始める方が多いと思い込んでいたからです。

森田さん
「ちょうど自分が妊娠出産する時期に知り合った若い女性がいました。彼女は施設育ちの方で、自分の両親を知りません。同じ施設で知り合った男性と結婚したのですが、お互い家庭がどういうものかわからなかった。出産したけれど、自分の家庭をどう築いていくのかわからなくて…
結局、離婚し、自分の子どもも、施設で育ててもらうことになってしまいました。
大学時代に心理学を学んでいた時に知った、『負の連鎖』と呼ばれるようなことが、初めて自分の身近で起こりました。
でも、ひょっとしたら、彼女が家庭というものを昔から知っていて、問題を解決できるような思考ができていたら、このようなことにはならなかったんじゃないか、そう思ったのがここをやりだしたきっかけの一つです。」

森田さん
「会の名前はなんでもよかったんです。
おうちの温かさや、寛容さ、安心感を感じてもらえる場で、固定された価値観だけでなく自分の頭で考える力を培える場なら何でもいいと思っていました。
たまたま、今、注目を浴びているキーワードとして、こども食堂があったのです。
実際、こども食堂が検索サイトでサーチされる回数は多いのです。
できるだけたくさんの人に目にしてもらえる、ここにこういう場所があるんだ、と知ってもらうには、こども食堂とした方がいいだろうと思ってつけたのです。」

森田さん
は、大阪市内まで仕事に行き、合間に英語リトミック教室を運営し、月に一度、こども食堂を開催する。大変多才なだけでなく、エネルギッシュな方です。

森田さん
「将来の夢がはっきりしています。その過程で教師になるという夢もあります。
自分の中で、時間的な目途をつけながら、目標に向かっている。なので、どのタイミングで何をする、その中で何ができる、というのを優先順位をつけて考えています。
こども食堂は、教師になる目標にもいろいろな点で勉強になります。ボランティアで来てくれている子たちも教員を目指している子もいて、その子にとっても勉強になる。mominokiに来てくれる子が、このおうちで食事をして宿題を見てもらい、楽しい、また来たいと言ってくれる。
食材としている野菜は実家の両親が育ててくれているもので旬のものだと使いきれないほど収穫できます。
調理は主に、調理師免許をもっている妹と、妹の調理師学校時代の友達がしてくれています。
誰にとってもメリットのある場を持てていることは幸せです。」

運営状況について聞いてみました。

森田さん
「私が仕事をしていることもあり、また、ここは両親が住む実家でもありますので、現在は月に一回の運営です。事前にホームページより申込みをしていただいています。
定員は15名ですが、リピーターの子もいますし、20名までは何とか受け入れられています。
今のところ、お断りしたことはありません。」

食材の手配の費用などはどうされていますか?

森田さん
「野菜は目の前の畑でとったものを使います。あとは、食材を寄付してくださる方もいらっしゃいます。
自分の恩師が活動を知って、寄付金をよせてくださることもあり、みなさんのお気持ちで運営できていますので、本当にありがたいです。」

どういった方が、どうやって知ってmominokiに来られますか?

森田さん
「他の地域のこども食堂のように、満足に食べられない、というお子さんは少ないです。ですが、実際に様々な問題を抱えた子どももいます。あと、お仕事で遅くなり、食事の準備がしづらい親子さんなどですね。
当初はどれくらいの子どもが訪れてくれるのか予想しづらく、こちら側の手際や食材の準備なども無理がでてきては続かないので、
あまり広く告知することは控えていました。
現在は、
 小学校のカウンセラーの方に、
 そういう家庭があれば紹介してもらう、
 学童にポスターを貼らせていただく、
 町からの児童手当の通知を送る際にチラシを同封していただく
などで、周知できてきたのではないかと思います。
この地域は戸建て住宅も多いですし、当初思っていたような子どものニーズは少ないかも、とは思いました。
ですが、地域の小学校でお話を聞いたところ、ご家庭で温かい食事ができない家庭も、まったくないわけではない、ということと、所得の問題に限らず、子どもが置かれている問題は他にもあるということを認識することができ、そういう受け皿として求められるおうちの温かさにも気づけたと思います。
広く浅くではなく、狭く深く活動することで、子どもたちが大人になって孤独を感じた時、そういえばあんな温かい場所があったな、と思い出してもらえたらと思っています。」

ー今後の予定や方向などはありますか?

森田さん
「私自身の目標もありますし、子育てもあります。
ここは実家ですから両親の生活もありますし、古民家なので今後、耐震なども考えていかなければなりません。
そういう意味では、未来永劫続けていけるものではないと思っています。
一か月に一度、という無理のない活動ですので、行政から、金銭的な補助を受けることも難しいだろうなと思っています。
ですが、ここでボランティアスタッフをしてくれていた子が、他のこども食堂さんにお手伝いに行ったり、参加してくれた子が「私も将来お姉ちゃんのような先生になりたいな」と言ってくれたり、そうやって、次につながる活動が残せているのでは、とは思います。
『来週もやって!』と子どもにお願いされることもありますが、今は、ひとりひとりの心に残る温かい場所や思い出を残す活動を、出来る範囲で続けていきたいですね。」

同じ働く母として、森田さんの行動力や瞬発力は見習わなければと思います。
母として、は関係ないのかもしれません。

同じ釜の飯を食う、というのは昔からある言葉ですが、食欲という欲求を満たされるということで、身体的にはもちろん、心も満たされ、悩みをぽつぽつと話してくれたりという事もあるようです。
自分の話を聞いてくれた、受け入れてもらえた、それは自己肯定感となり、その子の生きる力になりますよね。

折しも、先月、第一小学校で行われた食育に関する講演会でも、子どもの心も育む食卓の力がテーマだったようです。
自分の子どもであっても、そうでなくても、地域で子どもを育てることの意味や可能性は思っているよりも大きく、また、思っているよりもハードルを低くして考えることができるものだと感じました。

お話しを終えて、
こども食堂 mominokiを出ると、目の前は初夏の日差しと一面広がる田んぼと畑です。
ここで取れた食材を食べて育つ子ども達は、地域の大人と自然に愛され守られ育つ子たちです。
この場所で感じた、温かいおうちの思い出は、夏の暑い日差しにも、冬の凍てつく寒さにも負けることなく子ども達を支えてくれるのでしょう。

時を経て、昔の子どもと、今の子どもを見つめ続けて建つその古民家は、今にも、そこに響く子どもたちの笑い声が聞こえてくるようでした。

こども食堂 mominoki
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※取材日:2017年7月1日

2017年7月10日 しまもと町民の会 広報部
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