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しまもと町民の会

子どもの居場所を考える(2017年10月20日号)~島本町保育の変遷より思う事~

私が「もうちょっと町政に関わってみてもいいんじゃないかな?」
というこの遠まわしな緩い会に入ったは理由は簡単に言うと不安からです。結婚し、この町で自分の家庭を持って初めて、島本町が何か外側からの要因によって変わらされていく、けれども、スピードに付いていけないハードやソフト面に不安を感じるようになりました。
受身のままで「誰かが良きに計らってくれる」と思っていたら、子どもたちを不幸にするんじゃないか、そんな思いです。 

変わりゆく島本町 

「交通至便な田舎」「都会に近い田舎」、そんな島本町はだんだんと変わってきました。マンションが建ち、宅地が広がり、そこかしこに空き地や田んぼ、畑があったことさえ、遠くの記憶になりました。
人が増えるということは活気が溢れるので良いことです。
ですが、活気が溢れるはずの町の商店はシャッターが閉まったままで、新しい店に生まれ変わって循環していくわけではありません。
消費行動できない町では人は行動範囲を広げて消費するしかありませんから、結果、ますます商店はなくなり、その跡地にマンションが建つ。人々は他市で働き他市で消費するし、 島本は寝に帰るだけの町になって行きました。 私自身、ちょっとした文具を買うのさえも町外に出るようになりました。
大人は外に出られるだけましです。残される子どもはどうでしょう。 子どもたちでいっぱいの教室で、それでも情熱ある先生に見守られ、たとえ運動場が狭くても、学校内では楽しく過ごせるでしょう。ですが、放課後、思い切り遊べる公園は近所にはありません。 大きな公園に行くには大きな道を通らなければいけません。宅地開発でトラックがたくさん通るので、親は心配で子どもの行動範囲を狭めます。 学校から教えられる不審者情報も気になります。外で遊べたとしても、路上のボール遊びはだめ、鬼ごっこはだめ、町のプールはなくなった、熱中症が心配とと制約が付きまとうので、つい、お友達と家にこもってする遊びといえば、ゲームになりがちです。
ゲームばっかりして、ただでさえ近頃の子どもは体力が落ちているといわれてるのよ、と、親はスポーツ系の習い事を進めてきます。
私建が子どものときより、もっとずっと子どもたちは不自由な思いをしているのではないのでしょうか。
便利な世の中なのに、文字通り不自由な子どもたち。
大人は大人として、自分達がそうであったように、子どもたちを自由にしてやれないものでしょうか。 

子どもたちのために 

子育てしていて思うのは、子どもに直接的にかかわるアクションと子育て世代へのアクションの両方が必要ということです。
子育て支援は今や、選挙時の公約になくては当選できないと思うほど重要視されています。
以前は「子どもには選挙権がないので、票獲りには効果がない。ならば年長者対策を訴えた方が効率的」という、多少穿った見方があったものですが、今や流れは全く違います。
誰もが施策に挙げる「子育て支援」、該当世代としては嬉しくもあり本心を図りかねるところもあり、少々複雑な気分です。
まだまだ「元々選挙に興味がなかったけれど、子どもができて自分の家庭をもち生活を送る中で、世の中のあり方を考え始めた世代、その、今まで浮動票と言われた部分を取り込みたいだけの選挙攻略法じゃないの?」と意地悪く感じたりもします。
政治家の本心はどうあれ、ニーズがあるのは明らかです。
ならば島本町に合った子育て支援って一体なんだ?ということも考えていきたいと思います。

子育て世代への支援がなかなか有効に進まないのは、なぜでしょうか。
それは「子育て世代は期間限定だから」だと思うのです。
当事者でなければ認識しづらい事柄や、当事者だからこその思いは皆さんあるのです。 「待機児童になり保育所に入れない」「幼稚園に入ったけれど校舎は古いし耐震もされていない」「民営化される、されないで揉めた」「ボール遊びできる公園がない」…。
ですが子どもは日々大きくなります。
子どもを取り巻く環境への悩みも、その子の成長に伴い、親の胸の中で違う悩みに変化し、当時の悩みは風化してしまうのです。
個人の中では期間限定になってしまう、けれども誰もが思う不満や心配を、ここで形にすることで、きちんと問題として誰にでも気づいてもらいたい、忘れないでもらいたい、と思います。 先人の思いが無駄になるのではなく、次の世代のよりよい環境のために役立つように、付箋のように残し、いつか日の目が当たればいいな・・・。

島本町での未就学児への取り組み 

~その歴史とこれから~

島本町にはかつて4つの町立保育所がありました。ご存知ですか?
懐かしいな、私、町内の保育所に通っていました。 お迎えバスなんかもあってね、楽しかったんですよ。
というわけで、まずは島本町の保育所と幼稚園の変遷を。
(就学前の子どもの教育と保育環境の整備について-基本方針- 平成18年 参照)

昭和21年  私立山崎保育園開園(東大寺の民家を借受) 無認可設
        ↑ご存知かと思いますが母体は隣保館さんです

昭和22年  児童福祉法が制定・学校教育法が制定

昭和23年  児童福祉施設最低基準が制定
       私立山崎保育園が認可施設となる 施設定員80人

昭和27年    私立山崎保育園が大字山崎に移転

昭和28年    町立保育所開所(現東大寺2丁目22付近) 認可定員80人(2歳~5歳児施設)

昭和29年    町立保育所の施設定員を80人から130人に変更(2歳~5歳児施設)

昭和31年    幼稚園設置基準が制定
                   町立第二保育所開所(現府営島本江川住宅15棟前駐車場付近)
                施設定員70人(全年齢施設)

昭和38年  町立保育所を町立第一保育所に改称

昭和44年  私立山崎幼稚園開園(大字山崎)

昭和45年  町立第一保育所の施設定員を130人から170人に変更(2歳~5歳児施設)

~~~ この辺り第二次ベビーブームです ~~~

昭和46年  町立幼稚園開園(当時桜井50-1 現桜井四丁目付近) (対象5歳児)
       町立第三保育所開所(現やまぶき園所在地) 施設定員60人(3歳未満児施設)
                   町立第一保育所を4歳・5歳児施設に限定
昭和48年    町立第二保育所を3歳児施設に限定
                   私立山崎保育園が施設定員を80人から130人に変更して全年齢保育を実施
                   町立第二幼稚昭和50年 園開園(東大寺四丁目) (対象5歳児)
                   町立幼稚園を町立第一幼稚園に改称 (対象4歳児)
昭和51年    町立第四保育所開所(桜井二丁目) 施設定員150人(全年齢施設)
                   町立第一幼稚園で4歳・5歳児受け入れ開始
昭和53年    町立第二幼稚園で4歳・5歳児受け入れ開始
昭和55年    町立第二保育所を現在地に移転(広瀬五丁目)施設定員120人(全年齢施設)

~~~ ベビーブームが去り、人口増加も落ち着き、保育ニーズも低下、保育所への入所児童数が減少。 また、保護者より、全年齢保育(0歳児から就学前まで同施設で保育)の希望があったため、保育所の再編成が行われます。~~~

昭和63年    町立第一保育所の施設定員を170人から90人に変更して全年齢保育を実施
平成 2年      町立第三保育所を廃止
平成 3年      私立山崎保育園が施設定員を130人から120人に変更
平成 6年      名神の拡幅に伴い、町立第一幼稚園を現在地に移転(青葉三丁目)
                   私立山崎保育園と町立第一保育所が統廃合して私立山崎保育園が現在地に移転                        (山崎二丁目)施設定員120人(全年齢施設)
                   町立第一保育所を廃止
平成27年     私立高浜学園開園(全年齢施設)
平成28年    RICホープ島本保育園開園(3歳未満児施設)
平成29年    ぬくもりのおうち保育園開園(3歳未満児施設)

この記事を書いているのは平成29年9月です。これからまだまだいろいろな変化がありそうですね。
そして、この間にも大きな出来事がありました。
町立第一保育所の廃止は一番の出来事かもしれません。この辺りについては共産党のかわの議員が大変詳しくご存知です。 いつかお話しを聞ける機会があるかもしれませんが、興味のある方はかわの議員に聞いてみてください。
次の大きな出来事は町立第二保育所の民営化が打ち出されたことでしょうか。 平成18年の基本方針において、突如発表された方針です。認定こども園という構想が形になる前、全国の公立保育所がどんどん民営化され、訴訟になる事例なども含め、話題になりました。島本町も同じ道を選択しかけたわけです。
ただ、第二保育所民営化については、紆余曲折あり、現在も実現に至っていませんが、基本方針の撤回がされたわけでもなく、いわば宙ぶらりんの状態です。 行政担当者、保育士、保護者が何年にもわたり、卒園児保護者としても関わりました。双方が疲弊し傷つけ合い、行政への不信感を残してしまったなと感じます。

現在、島本町が直面している未就学児の施設に関する問題は
・耐震補強
・施設の老朽化
・保育所の待機児童
・大型マンション開発などによるさらなる保育ニーズの増加と幼稚園希望者の減少
です。
平成29年9月6日、第二幼稚園について、行政側から懇談会の席で、第二幼稚園の募集を停止し、認定こども園の開設を目指したい旨の報告がありました(後日詳しく記載します)。
もし、そうなった場合、第二幼稚園の児童は第一幼稚園に統合される、というのが現時点での案のようです。 かねてから老朽化した施設や児童の減少に、当の保護者の間では噂になっていたようですが、行政の切り出し方が唐突だったため、混乱を起こしています。
町内で耐震補強の必要な施設は第二幼稚園と第四保育所です。 第四保育所については、当初第三小学校内への移転が案としてありましたが、先般これが撤回されました。 定員オーバーの状況が毎年続き、9月時点で定員150人に対して入所児童数は217人です。 もし、耐震補強するとすれば、その間、第四保育所の児童はどうなるのでしょうか。
9月8日、島本町は平成31年度を開園予定として、認可保育所の設置事業者を募集しました。 大型開発による保育ニーズの増加は間違いありません。
平成31年ごろの入居を目途にした複数個所のマンション開発にスケジュールを合わせ、急ピッチで未就学児の施設への対応を始めています。 小規模保育所の設置の募集時にも、複数の応募があったようなので、急激に人口増加が予想される島本町を商機と捉える業者もあるでしょう。
保育園が建てられても、報道されている保育士不足は依然解消されていません。
保育士の配置数は国で基準が定められていますが(児童福祉法第45条の規定「児童福祉施設最低基準」)、島本町には国基準を上回り子供を見守る体制をとるための町基準の配置数があります。 
 

子供の年齢 国の保育士配置人数 (子供:保育士) 町の保育士配置人数 (子供:保育士)
0歳児 3:1  3:1
1歳児 6:1 4:1
2歳児 6:1 6:1
3歳児 20:1 15:1
4、5歳児 30:1 25:1 


 

保育士不足対策を理由にこの配置基準を見直してはという意見もあります。 公設の保育所、幼稚園が2所あることの意味や効果、島本町での特色ある幼児期教育や目標などが改めて重要な意味を持つ局面にきています。
もちろん財政は町全体に関わることですので、いかに効果的に運用するかは行政としての責務です。 ですが、公設をやめ、民間に依存した場合、ある日突然、閉園するようなことがある、という不安もぬぐえません。

大きな変化の時期ですが、良識ある大人として、誰のための施設なのか、行政と保護者だけでなく、町民全体で冷静に考えていかなければと思います。 

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